朝日新聞に投稿して没になった原稿(2003年2月)
| ※マスコミは大衆に支えられた責任ある企業であると同時に、 個人情報保護法案の反対などで敏感な人権感覚を示していることから、 多少の批判はあってもやはり現代社会では他に信頼できる機関など存在しないことは、 多くの方々が認めるところです。 原稿が没になった、または、類似の意見が掲載されないということは、当方の意見が、社会的には是認されるべきものではないことを示しており、 この意見は、撤回させて頂きますが、当方も今回の規制については、かなり悩んだ証として、 ここにあえて掲示させて頂きます。なお、文字数の制限があったので多少舌足らずな点があり、文意を取りやすくするため原文にわずかに加筆してあります。 |
| 出会い系サイトを規制しようとする奇妙な法案が国会へ提出されようとしている。これは、インターネットへの無理解、援助交際の取締りへの極度の強迫観念および当局による人権軽視が産んだ狂気としか言いようが無い。 インターネットはコンピューターのネットワークである。その端末コンピューターには一対一で人が対応しており、実はインターネットはコンピューターを介した人のネットワークと言える。さらに、コンピューターは「検索」を得意とし、インターネットは、人のネットワークから、目的の人を検索することを最も得意とするシステムということができる。すなわちインターネットの性質は出会い系サイトそのものと言って過言ではない。インターネットの基本的な機能として、ホームページの開設(多くはそこに開設者への連絡方法の記載がある)があるが、例えば、簡単にホームページができるというホームページ作成支援サイトに作成者検索機能を付ければ、出会い系サイトと区別できない。インターネットにおける基本的行為と出会い系サイトの区別は実は極めて微妙である。区別が難しいので民間レベルとなれば取締りを恐れて規制はより不必要に拡大される。こうなると18歳未満は、ほとんどインターネットの利用はできなくなる。これは明らかにおかしい。 援助交際の取締りに対する強迫観念は、貧困国で売春を強いられている子どもを保護しようとする「児童の商業的性的搾取に反対する世界会議」で採択された「ストックホルム宣言」から始まった。わが国においては、国外犯処罰を行うことでこれが既に十分に履行されているものと考える。今回、警察庁は援助交際を行った児童自身の処罰も考えているが、ここに貧困とは無縁の援助交際を含めようとするから、ストックホルム宣言で禁止されている児童処罰をしなければ目的を達せられないという矛盾が生じる。もちろん援助交際を放置してよいと言っているのではない。行為類型を別異に考えるべきと言いたい。自らの意思で被害者になる行為であり、不可罰である「自殺未遂」などに近い類型である。自殺は処罰では解決できず、社会・福祉の問題としなければ解決できない。援助交際についても、買った大人は完全に責任を問われてこれを現行法で罰するのは良いとしても、サイト規制や児童処罰など疑問ある規制してまでこれを取締まるのは的外れで、社会や教育の問題としなければ根本的な解決を図れない。 18歳未満の利用禁止は、表現の自由、通信の秘密に関わる上、インターネット時代には「居住・移転の自由」に含まれた「インターネットを通じて人と交流する権利」にも抵触するものと考える。こういった権利自由は一旦侵されれば二度と回復することができないかもしれない。規制を撤回させようとしてインターネットで同志を募ろうと思っても、既にその自由は失われているからである。したがって、こういった規制は極めて慎重・最小限でなければならない。援助交際を行っている児童などは18歳未満利用者全体の割合からすれば0に近いほどの少数である。わずかな者のためにどうして問題の無い大多数まで規制されなければならないのか。慎重・最小限な規制とは到底言えない。全面規制は明らかにやり過ぎである。 援助交際が流行っているのは日本ぐらいのもので、出会い系サイトの問題というより、援助交際を生みだす風潮をよく検討するべきである。 女性が自立して夢を持って生きられる社会であれば、こんなことは起こりようがない。 これは社会や教育の問題としなければ根本的な解決は絶対ありえないであろう。 |